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南海沿線のまち

貝塚

貝塚

南海鉄道が堺~泉佐野間を開通した明治30年(1897)10月に開業しました。 駅名にもなっている地名の「貝塚」はかつて「海塚」の文字が使われていたといいます。 大正14年(1925)に水間線(水間鉄道)が開業し、乗換駅となりました。 駅の難波方面最初の踏切付近に“貝塚宮”と称される「感田神社」があり、毎年7月に勇壮な夏祭り「太鼓台祭り」が行われます。 そこからさらに北西へ進むと、地元の人々から“ぼっかん(ト半)さん”と呼ばれる「願泉寺」があり、表門や本堂などが国の重要文化財に指定されています。

住吉大社

住吉大社

当社の前身・阪堺鉄道が開通した明治18年(1885)12月に開業しました。 当時の駅名は「住吉停車場」でしたが、のちに「住吉公園駅」となり、玉出~大和川間の高架化に伴って新駅舎が完成した昭和54年(1979)5月に「住吉大社駅」と改称しました。 全国屈指の初詣客数を誇る「住吉大社」は、住吉大神(底(そこ)筒男(つつのをの)命(みこと)、中筒男(なかつつのをの)命(みこと)、表(うわ)筒男(つつのをの)命(みこと))と神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう)を祭神とし、第一本宮から第四本宮に至る「御本殿」が国宝建造物に指定されています。 春の桜祭りなどでにぎわう「住吉公園」は、明治6年(1873)に開設された大阪最古の公園として知られます。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

深日港

深日港

難読な地名として知られる、岬町の深日(ふけ)。「吹飯の浜」等、数々の詩に詠まれ、「万葉集」「新古今和歌集」等に登場しています。 深日港駅は多奈川線が開通した約4年後、深日港~淡路・四国連絡航路の開設に伴って昭和23年(1948)11月に開業しました。 駅名の由来となった「深日港」は大阪府が管理する8地方港湾の1つ。淡路連絡の急行「淡路号」が運行されていましたが、平成5年(1993)4月のダイヤ改正で廃止となりました。 岬町役場の最寄り駅。

粉浜

粉浜

大正6年(1917)4月に開業しました。 玉出~大和川間の高架化に伴って旧駅舎を撤去し、昭和54年(1979)8月に高架下2階部分に新駅舎を開設しました。 「住吉の 粉浜のしじみ開けも見ず 隠りてのみや 恋ひ渡りなむ」と万葉集に歌われたとおり、海岸線の浜辺でアサリやハマグリなどが採れ、住吉詣でのお土産としても有名でした。大正時代に発足した「粉浜商店街」は、同駅西側の粉浜小学校から住吉大社駅にかけて約120店が軒を連ねており、歴史ある商店街らしく老舗の店が多く見られます。

河内長野

河内長野

明治31年(1898)3月に開業し、4年後の明治35年(1902)12月、近鉄の前身、河南鉄道(柏原~河内長野)が開通し接続駅になりました。 昭和51年(1976)10月に橋上駅舎化されました。 沿線には南河内を代表する名刹「観心寺」があり、金堂と本尊如意輪観音が国宝に指定されています。 大阪府下最高峰(1,125メートル)の金剛山へは駅前からバスをご利用ください。冬山登山やハイキングで樹氷が楽しめます。

二色浜

二色浜

昭和8年(1933)、南海鉄道は“第二の浜寺”をめざして二色の浜海岸に「海浜村」を開設しました。 200人収容の「汀の家」を建て、宿泊施設のある海水浴場として人気を呼びました。 その最寄り駅として昭和11年(1936)6月、夏期だけ営業の臨時駅を開設。2年後の昭和13年(1938)9月に常設駅となりました。駅名の「二色」は“白砂青松”の浜辺を表したもの。 駅から二色の浜海水浴場へ行く途中、左手にある「八品神社」は、平安時代に製造が開始されたといわれる貝塚の特産品・近木櫛(和泉櫛)の櫛工たちが、守り神として創建したものといわれています。

高野山

高野山

四季を通じて全国各地から参拝客が訪れる世界遺産“高野山"の玄関口。 高野山電気鉄道当時の昭和5年(1930)6月に開業し、高野山開創1150年祭を翌年にひかえた昭和39年(1964)12月、輸送力増強のためケーブルカーの2両連結運転を開始しました。 プラットホームはコンクリート製の階段になっており、駅の地下室に据えられた出力400キロワットの巻上機2台でケーブルカーを上下に動かしています(運転速度は秒速3メートル)。標高867メートルに位置し、駅前と山内各所をバスで結ぶ、当社の代表的な観光駅です。

堺東

堺東

駅の西側正面に商店街、斜め向かいに市役所や裁判所など官庁街が隣接する堺市の東の玄関口です。 高野鉄道当時の明治31年(1898)1月に開業し、駅舎の1~2階部分を含む南海堺東ビルは昭和39年(1964)10月に竣工しました。 駅前にはバスターミナルが整備され、現在も同市の交通の要としての役割を担っています。

高野下

高野下

高野詣の宿場町として栄えた椎出(しいで)に大正14年(1925)7月に開業しました。 当時高野山に最も近い駅であったことから「高野山駅」と付けられましたが、後に現在の駅名に改称されました。 駅の西側に位置する「椎出厳島(しいでいつくしま)神社」では、和歌山県の無形民俗文化財に指定されている勇壮でユーモラスな「鬼の舞」を毎年8月に開催し、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞いなどを祈願しています。渓谷に沿って数多くのキャンプ場が点在する玉川峡(丹生川に一部区域)は、景勝地として県の名勝にも指定されており、行楽シーズンには家族連れや釣り人などでにぎわいます。

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